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東京高等裁判所 昭和54年(行コ)67号 判決 1980年2月25日

控訴人(原告) 木下彌輔

被控訴人(被告) 武蔵野市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和五三年五月四日付をもつてした控訴人の昭和五三年度の市民税及び都民税の特別徴収額を確定する処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  「合計所得金額」について

地方税法二四条の五及び二九五条の各一項三号は老年者の非課税の範囲を定めるについて、「前年中の合計所得金額が八〇万円を超える場合」とせず、「前年中の所得の金額が八〇万円を超える場合」としているが、このことから、「合計所得金額」が「所得の金額」と異なる概念であると解することはできない。地方税法二三条一項一二号の「合計所得金額」の定義の意味は、総所得、退職所得、山林所得についての一部の控除を排除する点と合計対象の所得とを明解にする点に認められるのであり、「所得」そのものの定義を明らかにしたものとは解されない。そして、同法二四条の五及び二九五条の各一項三号が「合計所得金額」の用語を用いなかつたのは、もともとこの概念が、同法においては、老年者、控除対象配偶者、寡婦を特定するためにのみ必要な概念であり、その意味を定めるのにこの概念を必要としない障害者及び未成年者を、老年者、寡婦と同列において非課税範囲を規定したからに外ならず、別段特殊の使いわけをしたわけではない。「合計所得金額」と「所得の金額」とは、「合計」の字句を除けば、表現としては類似の、本質的概念としては同一のものとして解する方が、言語学上も地方税法の解釈上も常識に即し、一貫性、整合性を有するというべきである。

2  いわゆる「一般的意味における所得」について

憲法八四条の租税法律主義から、課税対象及びその他の条件の意義は、税法自体で明らかにすべきことが要請されるから、前記地方税法二四条の五及び二九五条の各一項三号の「前年中の所得の金額」も同法上解釈して、その意味ないし算定方法を明らかにしなければならない。同法に右「前年中の所得の金額」の意味ないし算定方法を定めた規定がないとして、一般的な見地からその意味ないし算定方法を定めるのは、租税法律主義に反する。

3  「所得の金額」の地方税法上の解釈

そこで、右「前年中の所得の金額」の意味ないし算定方法を地方税法上解明するに、同法は、地方税における所得割の課税については、所得税法による所得の概念と、課税対象となる所得金額(課税標準)の計算方法を、法律又は政令による特段の定めのある場合を除いて、そのまま援用しているところ(三二条一、二項、三一三条一、二項)、所得税法においては、「所得」は課税標準として計算する以前のもの(例えば給与所得については同法二八条一項)、「所得金額」は課程標準として算定された金額(同法第二編第二章第一節課税標準)をいい、前記「所得の金額」は右の「所得金額」と同一の意味の語であるから、「所得の金額」は課税標準として算定された金額をいうと解すべきである。そして、その算定方法は、地方税法三二条によつて、所得税法その他所得税法に関する法令(本件の場合は租税特別措置法)の規定の例によるというべきである。

二  被控訴人の主張

地方税法二四条の五及び二九五条の各一項三号にいう「前年中の所得の金額」は、人的非課税判定上の基準であるが、その「所得の金額」とは一般的意味における所得の金額を意味し、「合計所得金額」とは別のものである。「合計所得金額」は、「所得の金額」と文理上異なるばかりでなく、課税所得における課税標準算出上の概念であるから、人的非課税を判定するための基準としての「所得の金額」とは異なる概念であることは明らかである。

三  証拠関係<省略>

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決が理由中に説示するところと同一であるから、これをここに引用する。

個人の道府県民税(本件においては都民税)及び市町村民税は、いわゆる負担分任を基調とする税であるから、その納税義務者の範囲は広く都道府県及び市町村に住所を有する者とされ、これらの者は所得割又は均等割の納税義務を負うこととされている。しかし、住民の中には、みずから生活の資を得ることができず扶養されている者のように担税力の全くない者、あるいは生活扶助を受けている者などのように担税力が著しく薄弱な者がおり、これらの者に対しては、税負担を求めることができないが、税負担を求めることが租税政策上及び税負担公平の見地上適当でないから、地方税法は、これらの者に前記の税を課さないこととしている(人的非課税の制度)。非課税者の範囲を定めた同法二四条の五第一項及び二九五条第一項は右の趣旨の規定と解せられ、従つて右各条項が非課税者を定めるために用いている「所得」(各一号、三号)の概念も、担税力の標識としてのもので、一般的意味における所得のことであるといわなければならない。(同法が右「所得」について特に定義規定を置いていないのもそのためであると考えられる。)控訴人のいう「所得金額」、「合計所得金額」は、課税標準であつて、右「所得」とは別異のものであること、税法の構成上明らかである。なお、同「所得」の意義を前記のように解したからといつて、租税法律主義に反するものでないことはいうまでもない。控訴人の所論は、理由がない。

二  よつて、同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内恒夫 新田圭一 真榮田哲)

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